生き方に口を出さない親の方が子供は社会に適合出来る

今日は久々に熱く文章を書いてしまい、ボリュームとしては2日分ぐらいになってしまったので、明日はメルマガをお休みします。

今日、明日分だと思ってお読み下さい。

では、ここから本文となります。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
先日意識がなくなっていた祖父ですが、ついに亡くなりました。

89歳で、直接的な死因がある訳でもなく、老衰でありました。

天寿を全うしたのだと思います。

私自身ほぼ毎年鳥取に帰り、話をしたり、お酒を飲んだりして、色々な思い出を作れ、話したい事は話せたので、そういった意味で悔いはなく、人はいつかは亡くなるという大前提は当然、頭では分かっていますが、実際そうなるとものすごく悲しいなと素直に思いました。

祖父はナショナル(現パナソニック)に勤め、根っからのサラリーマンで高度経済成長時代を生きた男でした。

そのため、サラリーマン的な生き方をしていない私が今やっている事は何となくしか分からなかったと思いますが、いつも興味を持ってきいてくれました。

又、私の両親もサラリーマンと教師なので、私が会計士をやっていた頃までは、想定内の人生だったと思いますが、私が会計士を辞めてからは、完全にその理解を超えている生き方になっていると思います。

会計士を辞める時は特段両親に相談などする事なく、勝手に辞めて実家に帰った時に事後報告でした。

というのも、私はこれまで両親から「勉強をやりなさい」とか「サッカーをやりなさい」とか、「会計士になりなさい」とか何かを強制された事は一度もありません。

よって、会計士を辞める事を報告しないというのも私の中では至極自然な事です。

当然学生時代は親のサポートがあっての事ですが、全て自分で考えて、その時一番目指したいものをしているという人生です。

そのため、普通の感覚の親であれば、サラリーマン(会計士)を辞めるといったら、自分の尺度に照らしそれなりの反論もあると思いますが、そういった事は一切ありません。

そして、祖父が亡くなり、久しぶりに従兄弟などの親族にも会ったのですが、30前後の人たちは、皆転職をしたり、就職したのに違う分野の勉強をもっとしたいと大学院に入り直したりと、親や祖父母の世代とは全く違う生き方をしています。

親や祖父母が生きた感覚でモノを考えれば、言いたい事はたくさんあると思いますが、黙ってそういった生き方を認め、興味すら抱いて色々聞いてくれたりもします。

こういった環境が、一番子供世代を成長させ、社会に適合させると考えています。

例えば、一流企業に勤める事が評価基準の親であれば、子供は苦労します。

というのも、今の時代一流と呼ばれるブランド企業の倒産なんてザラですし、例え会社自体がなくならなくても、大規模なリストラや、より労働力の安い国への仕事の委託、AI(ロボット)による仕事の代替などで、一流企業に勤めても、そこで働けなくなったり、給与が上がらないもしくは下がるという事は容易に想定出来ます。

つまり、親や祖父母の世代とは、今は前提が全く異なります。

よって、今の時代の悩みや前提を無視して、自分の経験に基づいての現役世代への批判やアドバイスは意味をなしません。

さらにやっかいなのは、親に従う生き方が染み付いて、思考停止になり、今の上記のような前提を無視して親が生きた生き方が正しいと思い込んで子供が行動する事です。

最初の方のタイプは、親とのそりは合わなくなると思いますが、自分の生き方を貫けば、今の社会に適合出来、結果が付いてくれば親も認めてくれる事が多いと思います。

が、後者は時が経てば経つほど、そういった生き方は時代遅れになり、ジリ貧になります。

お金という意味でもそうですが、常に時代に乗ってうまくいっている人たちを斜に構えてみたり、批判的に見る事しか出来なくなるので、精神が病んでいきます。

常に、自分にモノを偉そうに言ってくるのは、年上の先輩ですが、彼らが時代錯誤を起こしている可能性が大いにあるという事を頭に入れる必要はあり、自分がそれは違うのではないかという感覚を大事にした方がよいです。

私のコンサル生の中にも、前に教師をやっていたり、介護士をやっていたり、貿易会社で働いていたり、一流のシステム会社で働いていたりと、前職は実にバラエティに富んでいます。

皆、そこで言われる先輩等からの助言を無視して、というか自分の感覚に従って、副業をして稼げるようになり、会社を辞めて独立経営をするという道を選んでいます。

恐らく、同僚からは理解される事は少ないですし、羨ましさもあるとは思いますが批判される事も多いと思います。

しかし、そういう自分の考えや感覚、信念に「No」を突きつけてくるような雑音はオール無視でいいのです。

自分の人生の面倒をその人たちがみてくれる訳ではないですし、今の時代は会社や国にすがるといった時代でもありません。

自分の人生は自分で切り開く時代です。

これに気づき、いち早く自分がやりたい事をやりたいようにやりどんどん稼ぐ力なりをつけるというのが、一番時代にマッチしていると考えています。

例えば、教師をやるにしても、国数理英社を小学校から高校まで12年間も教える事にどれだけ価値があるかという事です。

基礎は何でも必要なので小学校ぐらいまではやった方がいいのかもしれませんが、それよりもお金を稼いだり資産構築の授業、恋愛の授業、結婚の授業、子育ての授業とかの方が人生においてはよっぽど重要だと考えます。

というか、法律や社会の制度などは常に年長者(権力者)が決めるので、学校なんていつも時代錯誤な訳です。

そのため、お金を稼げて、資産構築もやって、恋愛も振られた経験とうまくいった経験を合わせもち、異性の心を教える授業などをできる先生の方が人生においてはよっぽど価値があると思っています。

そういう人が数人集まって、私立の学校などを開講したら物凄く興味が湧きます。

たぶんそんなに遠くない将来こういった学校が出来ると思いますが、そういう最先端の学校は常に現在の異端から始まります。

つまりは、時代に適合していくためには、常に異端になっていく事が求められ、その場合一々周囲の雑音に心を揺さぶられてはダメで、自分の考えと信念を貫く事が求められます。

大衆や先輩の指示通りに生きるの一時は楽ですが、実は将来ジリ貧になり苦しい生き方になると考えます。

よって、年下や子供に年長者や親は偉そうに語り出しますが、こっちから偉そうに語る必要はなく、年下や子供の方が時代にマッチする能力は高いので、聞かれたら答える程度でよいのです。

というのも、良くも悪くも経験だけは確実に年長者や親の方が多いので、それに基づき考えを述べてあげればよく、決定権は常にそれらを聞いて総合的に考えた年下や子供に委ねるのがよいと考える次第です。

ゆえに、勉強をやりなさいは意味ないですし、ゲームをしすぎてはダメですも意味ないです。
*トレードで爆益を稼ぐ個人投資家には圧倒的にゲーマーが多いです。

小学生ぐらいまでは、社会への適合性などを含め、親の管理の元義務教育をやってもいいのかもしれませんが、

中学生以降ぐらいからは、勉強が好きならやればいいですし、ゲームが好きならゲームをやればいいのです。

「生きる」という生存欲求は、誰しも備えているので、ゲームばっかりやっている子供でも、将来の事は確実に考えます。

そこで、どうやったら好きをお金に変えられるのかという事を教えてあげられる親であれば素晴らしいですし、教えられないまでもそれを止めないように見守ってやるというのが大事なのではと思います。

そんな事を今回祖父がなくなった事で改めて自分の生きた環境を見つめ直して考えたりしていました。

少し長くなりましたが、最後までお読み頂きありがとうございました。

何かの気づきになっていれば幸いです。

関連記事

ページ上部へ戻る